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ホテル・旅館業界 IR年鑑 2019&2020


ホテルリノベーションのキャペックス投資に必要なのは

”インタープリターの存在意義”リノベーション出資者はだれ


リノベーション出資者はだれ

キャペックス投資ー、ご存知の方も多いと思いますが、建物の設備を維持する修繕費と建物の価値を高める資本支出を指します。その支出のひとつが「リノベーション」です。では、リノベーションの場合、誰が出資するのでしょうか。設計者やデザイナーがプロジェクトに参画するときには既に予算は雲の上で確定しています。そう、投資家や事業主が予算管理している訳ですが、ホテル運営の立場では権限は限定的です。無論、運営企業が資産保有している場合は100%権限です。

日本のホテルの歴史

日本国内のホテル文化は独特です。ここでホテルの歴史について触れておきたいと思います。

 

日本にホテルが誕生したのは明治元年前後、主に外国人が宿泊するため避暑地には、リゾートホテルが造られました。では、この時代だれが投資に一役買ったのか。国の施策であり、財閥、資産家が財を投じたに違いありません。ホテル業界が大きな転換を迎えたのは、1964年東京オリンピックの招致が決まったことでした。ここでも、国の働きかけが強かったことは言うまでもありません。

 

さらには、高度成長期を経てバブル経済に突入した際、不動産業界、鉄道業界、航空業界は多角的な経営の一環としてホテル事業に参入してきました。各企業の真の思惑はいろいろでしょうが、我れ先にとホテル分野の投資を繰り返したことは想像に難くありません。

 

2000年以降は開発に関する国の緩和策があり、結果として主要高級ホテルが出店に乗り出す契機になりました。最近では3.11以降世の中で絆の重要性が叫ばれ、さらには、働き方改革により、サテライトオフィスや在宅勤務、はたまたオフィスを持たないという考え方、いえ、働き方が常態化しつつあります。

投資の考え方は様々

元の話に戻りましょう。キャペックス投資は誰が決めているのか。あえて歴史を述べたのには理由があります。時代の変遷を俯瞰してみると、ホテルは、運営の力学では関与できないところで造られてきたのです。振り返れば、業界の大半の施設は、ホテル計画から開業までのプロセスは出資側が判断し適正を探求してきたのではないでしょうか。

 

リノベーションのキャペックス段階では、特に多くの業界外企業の参入により多様な考え方が生まれたのだろうと想像できます。主にマンション事業に取り組んできた企業では、大規模修繕の考え方同様に10年サイクルで投資を決めている場合もあります。あるいは、オーナーチェンジをきっかけに判断することもあります。このように投資判断はステークホルダーにおいて優先事項が決められていくことが多いのです。運営側は、日常的に施設を運営しながらお客様と接し、施設の安全性や維持管理上の問題点などを抽出し履行しています。その費用の大半は運営側の修繕費など売上利益の一部を充当しているのです。

リノベーションの本質とは

本質を問いたいと思います。ホテルは生き物です。歴史で述べたように時代時代にオリンピック招致のような大きな出来事、あるいは、バブル崩壊のような思いもよらない史実があっても、営業は継続しなければならず、柔軟な身の熟しを繰り返し日々を乗り越えているのが実態ではないでしょうか。そのタイミングを読み、近未来を想像し、その戦略的な施策の一つの手段として最も大きなものが、リノベーションと言えます。

 

リノベーションでは対象施設によって、分野は多岐にわたります。キャペックス投資と表現したのもそのためです。お客様から視覚的に感覚的に変わった様子を具体的に感じる場面がありますが、たいていの場合、それは、日常利用しているカフェ・レストランであり、客室であり、宴会場です。

 

一方で、設計やデザインをする立場からリノベーションの意義を創出するにはホテルそのものの実態を掘り下げて把握する必要があります。ここで大きな問題が発生します。例えば、デザインをする人が日常のホテル運営のいろはをどこまで理解しているのかということ。また、施工者がどこまでホテル環境を多角的に視ることができるかということです。

ホテルで投資するには

長年ハード面をリノベーションするために理解促進を求めて様々なことを試行してきました。重大なことは、ホテル環境は、オフィスや賃貸マンションとはまったく違うことです。オフィスや賃貸マンションでは、入居者側が自分で借りた内部空間を自分の意向で出資し具現化していきます。しかしホテルはそれが全くできません。ホテルの意向はあっても、投資してもらうための根拠が必要です。その根拠は何でしょうか。その意図をホテル側が投資側や事業主側、はたまた、設計者側、施工者側へ伝え理解に齟齬が起きないように充分な準備が求められます。ここに、業界・分野をまたいだインタープリター、つまり「言葉を翻訳して橋渡しする者」の存在の重要性があります。

インタープリターの存在意義

具体的にインタープリターとその役割をご案内しましょう。いごこちマネジメントではインタープリターとして、次のようなことを主眼に取組んでいます。昨今、ホテル業界では、新規参入企業がとても増えてきました。特に宿泊主体型や簡易宿所等が急増し、且つ、独自に運営企業を設立する傾向もあります。そうは言っても、ホテル業界進出が群雄割拠の環境において、ホテル計画や設計を経験していない事務所に依頼する場面も増えています。

企画として面白いことと運営として実現するか否かは全く別の話です。その前提となるのは、計画を進めていく段階において、双方の業界・分野をまたいだ理解に行き違いや、勘違いが起きないようにすること。そのためには、イメージしたものが実現するよう双方の意向や考え方を咀嚼し相互理解できることを目的としたインタープリターの役割が重要であると考えています。判断として優先されるのは、あくまでも投資側です。そこに運営からホテル環境の実態を明確にし、何が必要かを説いていくことが肝要です。

その役割はパートナー

インタープリターの役割は単なる通訳ではなく、ホテル環境の外から診たとき、あるいは、ミステリーショッパーのように中から診たとき、俯瞰した目線で、且つ、お客様目線で評価診断することが求められます。対象の施設を中長期的に内外から見続けることがパートナーとしてのインタープリターが果たすべき役割と心得ます。さらには、その活動は投資家・事業主・運営者側において黒子的にアドバイスできることは、業界的な知見を活かしつつ請負側の提案を最大限に生かすことが可能になるのではないでしょうか。

文:いごこちマネジメント株式会社 代表取締役 馬渡伸之
掲載: ーIR通信別冊「ホテル&旅館業界IR年鑑2019&2020」掲載

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